人材定着への道のり、離職率を下げた秘訣とは?
- 落合
- 今回は「人材育成と人材定着」というものがテーマとなりますが、ブライダル業界の課題として、「離職率」という問題があります。女性の多い職場という特性もあって、結婚・出産・子育てなどのライフステージごとにキャリアとプライベートとの選択肢に悩み、退職へとつながるケースや、そもそもロールモデルが少なく目指すべきキャリアが見えにくいケース、さらには、入社前に描くイメージとのギャップで悩むといったケースなどがあります。離職率という点では、御社はどのような状況、推移になっているのでしょうか。
- 石田
- サイバーエージェントは、1998年に創立した会社です。2000年の上場から3年ほどは離職率が30%という非常に高い状況で、当時人材定着は弊社にとっても大きな課題でした。2003年に初めて行われた役員合宿で人事を強化することを決めました。そして社長の藤田が「会社は社員を大事にする」というメッセージを発信し、実力主義型の終身雇用を打ち出していきました。それからは、人事施策における様々なトライ&エラーを繰り返しながら、今では、離職率は8%~9%まで落ちています。
- 落合
- 30%の離職率が、8%になるとはすごい成果ですね。もちろん藤田社長の明確なメッセージが大きかったのだと思いますが、その過程における具体的な取り組みや仕組み作りという面では、どのようなことが行われてきたのでしょうか。
- 石田
- まずは社員同士の関係性を良くすることに投資しました。具体的には、飲み会代の負担や部活動の支援、表彰ですね。そして社員がやりがいを感じながら、長く働き続けられる環境づくりに力を注いできました。ともすると、いわゆる福利厚生の整備だけが先行しがちではありますが、弊社が強く意識したのは、「挑戦と安全」をセットで考えることです。仕事に対するやりがいを常に提示し、合せて様々な支援・サポートの仕組みも活用できるようにするということです。
- 落合
- なるほど。「挑戦と安全」をテーマに掲げ、仕組みとセットして実態に合わせていくということですね。不満足を抑えるという観点と満足を高めるという観点だと思いますが、両方を機能させ、成果を生んでいるのですね。
- リモート形式の対談とは思えないほど、活発な意見交換、情報交換の場となりました。
会社の施策を社員に活用させ、浸透させていくための発想の転換とは?
- 落合
- ブライダル業界における「女性の活躍」「女性の定着率アップ」につながるような事例があれば教えていただけますでしょうか。
- 石田
- 弊社では、女性活躍促進制度として「macalon(マカロン)」という制度を導入しています。女性特有の体調不良の際に取得できる特別休暇「エフ休」や不妊治療の通院などを目的に取得可能な「妊活休暇」、子どもの入園、入学式といった学校行事や記念日に取得できる「キッズデイ休暇」などをパッケージ化した制度です。ネーミングの由来は、「ママ(mama)がサイバーエージェント(CA)で長く(long)働く」というところからきています。弊社では仕組みやプロジェクト活動などのネーミングにも非常にこだわっており、カタチを用意するだけでなく、それを社員に使ってもらうためにいかに社内に流行らせるか、という点を踏まえながら設計するようにしています。
- 落合
- 重要な視点ですよね。やりがいという面では、どのような施策がありますでしょうか。
- 石田
- 弊社で長く取り組んできているのが、「あした会議」です。役員がチームリーダーとなり社員とチームを組んで、サイバーエージェントの“あした”をつくる新規事業案や課題解決案などを提案する1泊2日の合宿です。年に2度開催し、この会議から毎回複数の事業立ち上げが決定しています。社員が「あした会議」に参加することで、経営に対する提言活動を体験し、視点が上がります。また経営陣の考え方を学ぶ機会にもなっています。
- 落合
- 経営への提言を通して、社員の視点が上がるという大切な学びや成長の機会になっているのですね。
- 石田
- こうした前向きな活動の一方で、社員の気持ちやコンディション変化の兆しを発見し、対策を打つための「GEPPO(ゲッポウ)」という独自のアンケートシステムも運用しています。回答内容は上司には伝えず、人事担当者や経営陣のみに伝わるような仕組みにしていて、直接リアルな社員の声を拾っていくことで最適な人材配置や組織の課題解決に役立てています。
- 落合
- 社員のリアルを知る、客観的に把握するということもすごく重要ですね。客観的に把握しないと経営としてもその打ち手が打てないですし、やみくもにやっても効果的にならない。どうしても事実を知ることが怖いという側面もありますが、ちゃんと声を聴かないと改善につながらないですし。
他にも20代~30代の若い社員が多い点も、ブライダル業界と共通しているところかと思いますが、若い世代を対象とした施策はありますか。ブライダル業界では、昨今「将来のキャリアイメージが描けない」という職場の状況が生まれ、自分のロールモデルが見つからないという問題も顕在化しています。多様な選択肢のお手本となるような先輩や事例を見つける手立てはあるのでしょうか。
- 石田
- またちょっと個性的なネーミングになるのですが(笑)、「CAramel(カラメル)」という仕組みがあります。「たくさんの女性社員同士の“絡める”場をつくる」という意味が込められた、十人十色の女性の働き方を応援する組織です。約40名の女性社員が運営に携わっており、女性社員のリアルな声を経営層に届けたり、部署や年次を超えて女性社員同士が交流できる機会を創出する取り組みをしています。仮に、同じ部署に目標としたいロールモデルの先輩がいなかったとしても、他部署の先輩との出会いで見つけることもできますし、様々な部署、職種の方とつながることで新たな発見や刺激をもらったりしていますね。
- 落合
- そうした動きが、社員自らのボトムアップを生み出しているのですね。他部署であっても、多様な選択肢のお手本となるロールモデルを見つけることができたり、目指したい先輩に出会えることはとても重要なことだと思いますね。
- ユニークなネーミングで、次々と社員に活用され、浸透していく仕組み。左から、「あした会議」の会議風景、「macalon」「CAramel」のオリジナルマーク。(株式会社サイバーエージェント/ホームページより:https://www.cyberagent.co.jp/)
社員の力を活かす環境づくりに必要な人事制度の考え方とは?
- 落合
- 御社では、「社員の強みを見つけ、社員の強みを活かす」という視点を大切にされていますが、強みを生かして満足度を上げる人事制度の基本になる考え方というものは、どのようなものなのでしょうか。「人事制度マッピング」というものがあるとお聞きしていましたが。
- 石田
- 「人事制度マッピング」は、先ほどお話しいたしました「挑戦」と「安心」というキーワードを横軸に置き、「感情報酬」と「金銭報酬」を縦軸に置いたマッピングを指しています(※図1参照)。このマッピングの考えをベースに各種制度を拡充していったというよりも、結果的にマッピングが出来ていったという方が合っているかもしれません。どのエリアにいくつ必要というような設定はありませんが、やはりバランスが取れていることが大事なので、こうしたマッピングを活用して現在のバランスを可視化するようにしています。
- 落合
- 挑戦をサポートしていく延長線上には、セカンドチャンスのことも視野に入っているのでしょうか。
- 石田
- 「セカンドチャンスを与える制度」があるということではなく、結果としてそうした事例が生まれやすいということだと思います。弊社では「挑戦した敗者にはセカンドチャンスを」という価値観を明文化しており、よりチャレンジを生み出しやすいカルチャーづくりを意識しています。たとえば、子会社の社長をやってみた結果、撤退することになったとしても、また次の機会にチャレンジしていくというようなことですね。
それは、採用の段階にも反映されていると思います。私たちの採用基準は一つだけ。「素直でいい人」を選んでいます。そういった人材を求めているのは、変化を楽しみながらチャレンジへの柔軟な素地がある人の方がインターネット産業に向いているからです。
人材育成・定着化という面でやった方が良いと思われることは?
- 落合
- ブライダル業界は、多くは中小の企業規模です。「大手だからできる」ということではなく、人材の育成・定着化という視点で「これはやった方が良い」と思われること、ブライダル業界にも参考になるのではないかと思われることは何かありますか。
- 石田
- 私自身は、コストをかけてつなぎとめるというやり方よりも、まずマインドを育てることを大切にしたいと考えています。挑戦することでやりがいを感じられる風土や安心して働ける環境づくりによって、給与向上やスキルアップといった個人の視点を超えて、チームの仕事や会社を大きくしていこうという想いが生まれてくるものだと思っています。
- 落合
- 制度ありきというよりも、マインドが先ということですね。実際には、どのようなことを大切にしていけばよいのでしょうか。
- 石田
- 大切にしたいことという意味では、「チームで成果を出していくこと」ではないでしょうか。一人で出来ることは限られていますし、掛け算で成果を最大化していくという視点は大事なことだと思っています。その際に、「目標は適切なのか」「評価は相応なものなのか」という見直しも重要だと感じています。コロナ禍の中で、働き方も変わり、今までのやり方が正しいとは限らなくなっています。業界の特性や市場の変化を見据えて、人事制度のあり方も見直しや再考が必要な時になってきていると感じています。
- 落合
- 「チームで成果を出していく」というのはこれからより大切になっていくかもしれませんね。人との関わりを実感し、そしてチームだからこその大きな成果が得られた分、自身のモチベーションにも反映されると思います。
- 他の観点で見ると、ブライダル業界の中で、ある一部の企業の事例ではありますが、新しい働き方の選択肢が出てきています。ウエディングプランナーの仕事は、どうしても土・日に働くケースが多いのですが、自分の選択で働く曜日や時間帯を決め、条件に応じて給与面を調整し、たとえば8割から7割にしていって良いというものです。「自分のスタイルに合わせて自分で決める」という主体的な選択が大切なのだと思います。先ほどおっしゃっていた「挑戦」そしてそれを「チームで」ということと合わせて、いかに主体的に動く状況をつくるかが大切だと感じました。
常に「自分ごと」として捉え、主体的に動く発想の起点となるものは?
- 落合
- 先ほどのお話にも少しありましたが、最後にコロナの影響、コロナ禍での人事的な施策など、変化はありましたか。
- 石田
- コロナの状況の中で、これからの働き方を考える「次世代ワーク推進室」という新しいプロジェクトを立ち上げました。初期の段階では、感染予防対策が中心で、会議のあり方や会食のルールなどが検討されていましたが、リモートワークが増えていく状況の中、社員間でのコミュニケーション減少による関係性の質の低下などへの対策に重きが置かれるようになりました。この状況下においても、「熱量が高い組織でありたい」という想いから、リモートワークの熱量=「リモ熱」という言葉が生まれ、「リモ熱」が高い、うまくいっている取り組みや事例を発信していく活動が行われています。
- 落合
- 確かにリモートワークの場合、信頼関係が出来上がっているか否かによって左右される面もありますしね。コミュニケーション不足による熱量の低下に対する対応は大切だと思います。どんな状況でも前向きに、オリジナルな視点に変えていくところが素晴らしいですね。
- 石田
- どうしたら当事者意識を持って、「自分ごと化できるか」「主体的な取り組みに変えられるか」ということを常に意識していますね。そして、そうした想いを可視化していくことです。可視化することで共有ができるだけでなく、チームへの貢献意欲を高めたり、自身の仕事の領域を超えた行動など、視点を上げた一人ひとりの活動へと結びついていくのだと思います。
- 落合
- 「あの業界だからできる」「大手企業だからできる」という考えにならず、常に、自分ごと化することで、組織全体に主体性が生まれていくのですね。その為には、「安心」をベースに「挑戦」できる環境を整えることが大切だと実感しました。本日は、リモートでの異業種対談という形でしたが、とても刺激になるお話をありがとうございました。
- 株式会社サイバーエージェント 専務執行役員・人事管轄採用戦略本部長石田 裕子(イシダ ユウコ)
- 2004年 新卒でサイバーエージェントに入社。
広告事業部門で営業局長・営業統括に就任後、Amebaプロデューサーを経て、2013年及び2014年に2社の100%子会社代表取締役社長に就任。
2016年より執行役員、2020年10月より専務執行役員に就任。人事管轄採用戦略本部長兼任。