リクルートブライダル総研は、結婚に関する調査・研究、未来への提言を通じて、マーケットの拡大と社会課題の解決に取り組みます。

第7弾 山本 恵さん ウエディングプロデュースショップ エクラ

第4回目のGOOD WEDDING AWARDでグランプリを受賞

何歳になってもウエディングプランナー!と言ってほしい

1992年から結婚式場での奏者としてブライダル業界に。2003年、有限会社ピーハピィ・エンタープライズを起業【2016年、株式会社ピーハピィに】。まだ、ウエディングプロデュースという言葉が地方都市では浸透していない時期だったが、そこから地道に続けて17年。
欧米のウエディングプランナーの様に「人と人」の付き合いの中で結婚式が創るコトが出来たらと2000年代はコーチングや心理学も学んだ。2010年にはじめて地元の映画のロケセットでの結婚式を企画し、それぞれに想いがある方の結婚式を創らせていただいたコトをきっかけに自分たちは地域のお客様の結婚式をもっと創っていけたらと思い、現在も地域に根ざして続けている。また、個人的には「6次産業化プランナー」として茨城県内の農家さんの支援や、自分のショップでのイベントなどもしながら、結婚相談所も昨年開設し、結婚したいという方の支援もはじめた。

プランナーの仕事を目指したきっかけ

結婚式&披露宴のオルガン奏者で結婚式に関わったのがきっかけです。当時はバブルがはじけたあとなのに、ウエディング業界は媒酌人が普通にいて、列席者も100人は普通で引き出物の袋も大きくて華やかなイメージがありました。
内容は皆定番の進行でしたが、最後の花嫁の手紙で、私は裏方の奏者でしかないのですが当時花嫁の手紙として「秋桜」を弾きながら泣きそうになる事が多々ありました。毎週末のように奏者をしながら「結婚式」という人が集まる場所での仕事に奏者の立場を越えて広く興味を持つようになっていました。ただ、当時は、お客様と結婚式について打ち合わせなどの経験もなく、当日の結婚式で裏方としてサポートする奏者でしかなかったのですが、司会者さんがつくる進行表がそれぞれ特徴が有り、見るのが楽しみだった記憶があります。1990年代は奏者として結婚式に関わりながら、奏者としての後半はその先を模索していた時期でした。そんな中 、1999年に仕事仲間の結婚披露宴の司会をする事になりました。そのときの打ち合わせが楽しくて、「結婚式」をお客様と一緒に創っていくコトが出来たら・・・と漠然と思うようになり、まずはもっといろんな結婚式を見てみたいと奏者としていろんな会場に入りながら、司会者の先輩に付いて司会者についても学びました。この期間は約3年。この間にweb関係の会社にバイトにいき、HPを創る手伝いをしたり、PCでイラストレーターやフォトショップをさわる作業をしたりしながら、2002年・・・今のようなスタイルで仕事をしようと思ったきっかけがありました。テレビでウエディングプランナーを職業としたドラマがあり、その第1回目の内容がまさに今自分たちがやっているような内容で・・・その当時は「こんな風にお客様の想いに寄り添って結婚式って創っていいんだ・・」と思い「自分もお客様と向き合って結婚式を創れたら」と、今のようなスタイルになっていく大きな転機となりました。その翌年2003年7月、ご縁を頂き起業し、少しずつ変化しながら今のカタチになり、現在に至っています。未だに、あの時自分の中で「これがやりたい」と思った時のコトを鮮明に覚えています。

次男のパーティで久しぶりに演奏者に・・・

印象に残った過去の企画(苦労した経験)

私自身「結婚」「結婚式」「披露宴」について式場に勤めていた訳ではなく、確かな知識がなかったので自分で調べてインプットしていくしかなくて、本で調べたり、ネットで調べたり、また、業界の先輩の方に聞いたりしていろんな人にも会いにいき組み立てていきました。また、「経営者」になりたい。」と思って起業した訳では無く、ある企業と司会者として契約をするために起業したので、経営者としてもゼロからのスタートでほんとに無謀だなぁと今はすごく思います(笑)。
司会者としては3年ぐらいゲストハウスでやらせていただきながら、自社でレストランウエディングなどのパーティをやり始めましたが、集客もそうですが、誰にも聞けないので必死でした。今も忘れられないのは、最初のプロデュースのお客様は予算が無くて・・・でもキチンとお披露目はしたい!ということでご来店されました。自分は年齢だけでいくとかなりのベテランですが、経験値のない新人!ただただ、丁寧にお客様のお話を聴いて、こんな風にしたらいいのでは?という話をお二人としながら当日を迎えました。お二人がお帰りになられるときの、「とてもよかった、ありがとうございます。」という言葉に身体のチカラが抜けたような感覚でした。また、当時は「プロデュース」という言葉も理解して頂けないことが多く、今考えたら私自身もキチンと伝えられるような説明が出来ていなかったなと思っています。
自分の仕事をご理解頂けるようにお話し出来ないというのは自分自身も実は理解出来てないのでは?と思い、あるとき書き出して声を出して読んでみたことがあります。声を出すことで何回か修正出来た気がします。ありがたい事に今はたくさんのお客様を経験し、私達がご依頼頂く結婚式はいろんなスタイルになっています。少人数のレストランでの会食中心の結婚式。ホテルでの結婚式。場所にこだわって想いが溢れる結婚式。日にちにこだわって選ぶ結婚式。自分の好きなモノにこだわった結婚式etc・・・。

「生まれた場所でその場所には結婚式場がないからこそ、この場所で大好きな人に囲まれて行いたい」と依頼を受け、場所探しから始まり、許可申請をするために役場や保健所などに行くことも・・・。
観光地では、場所が占有できないから、一般の方が通れるような導線確保がわかるように下手な画を描いて申請したり・・・。神社挙式だけのお客様では、式場ではないからお着替えの場所がないと、おばあちゃんの家を借りてご家族に見守られてお支度をしたり・・・。「素材にこだわって会場と取引のない食材をなんとか入れさせてほしい」と回り回って正式なルートで入れる事が出来、食材を入れて頂いて当日をむかえたり、「友達だけの披露宴だけど、おじいちゃんにどうしてもドレス姿を見せたい」とお支度後、車でおじいちゃんの家に行って記念撮影の段取りをしたり・・・。ほかにも思い出すと1つ1つが皆、大切な結婚式。その時々には「あ~大変」って思うコトがあっても、結び後に「は~よかった!!」となるのが大きな喜びになっています。

令和初日の入籍を一緒に行ったお二人と
次男の友人のみのウエディングパーティにて

ご自身の仕事にかける流儀・思い

起業してからどんな風にしたらフリーなスタイルの結婚式やパーティを知ってもらえるのか?と悪戦苦闘した日々。うちは会場を持たないことから、「変わった場所で行う事が多いんでしょう?」と言われることがあるのですが、たしかにこうでないといけない!という決まりはないのですが、特に会場コーディネートに特化しているわけではなく、どちらかというと、「お客様の想い」を聞くことがかなり大きな仕事になっているなぁと思っていて,、時には会場のコーディネートはかなりシンプルになったりもします。
大きなリクエストがなくても話を聞いていく中で「お二人にとって何が一番結婚式で大事なことだと思っているのか?」を聞くことが大きいです。それすらも最初はわからず、少しずつお話しをしているうちに、お客様の「点」の想いを「線」にして当日には大きな「面」に出来たらいいなぁと思ってやっています。そんなお二人のたくさんの1つ1つの想いをカタチにすることが出来た時には最高の時間になります。

数日前、ちょうど1年前に結婚式&宴を担当させて頂いたお二人がいらしてくださり、「あのときにあのカタチで結婚式と披露宴をする事が出来て本当によかったと思っているんです」と・・・。サーフィンが共通の趣味のお二人が選んだ海が見える場所での時間。
1部はご家族だけの20名弱の同じテーブルを囲む披露宴。そのあとに、お越し頂くお友達を交えての大好きな海辺での人前式。そして、2部では二人がゲストの皆さんをお出迎えしての披露宴。1日かけてのその時間を「今も二人で思い出してはよかった!と話すんです。」という言葉に私もその日を思い出して泣きそうに。お帰りになるときにニコニコと「また来ます!!」というお二人の笑顔にこのスタイルで結婚式を創れている事に幸せな気持ちになります。
仕事の流儀といえるかはわからないのですが、お二人もゲストもそして私達も「笑顔」がある現場を創ることが自分にとって基本なんだなぁと思っています。

あと、私はGWAの受賞者の中で一番年上(笑)!お母さんと同じくらいの年齢だったりするけれど、こんな私がプランナーとして仕事をしていることで若い方の励みになったらいいなぁ・・・と思ったりします。「山本さんもまだまだ頑張ってるんだから」って。

披露宴から夜の会場を変えての二次会までサポートしたお二人とスタッフと

GWA受賞後の変化(ご自身・周囲)

2013年の秋に担当した「おひさま結婚式」のお二人との出会いは、私にとって大きな宝物となっています。
今もご家族とはお付き合いが続いています。
実は、第1回目からGWAのコトは知っていましたが、自分が担当した結婚式をたくさんの方の前でプレゼンするということが自分には遠いことのようでした。少しずつご依頼頂く内容が自分たちだからこそお手伝いできる結婚式であることが増えていましたが、まだまだ認知されていなくて・・・。WEBで私を見つけてくれたお二人の想いは、まさにお客様の「点」の想いを「線」にして当日には大きな「面」にすること。お二人にはしっかりとした考えがありましたが、自分達ではそれをカタチに出来ないことで二人と一緒に一から創った時間でした。はじめてこの結婚式をたくさんの方に知ってもらいたい。そして・・・実は、頑張ってくれているスタッフに自分たちが創っている結婚式に自信を持ってくれたら・・・という想いでした。

GWA2014グランプリを獲得した「おひさま結婚式」の新郎新婦と撮影した写真(2019年12月撮影)

自分の担当した結婚式を棚卸しして丁寧にいろんな方向から確認してアウトプットすることなんてなかなか無いことだったので、すごくよい機会を頂きました。グランプリをとった時に、今はうちの社長になっている次男が号泣していたと、あとで知りました。私のプレゼンの練習を仕事が終わって、夜に2人だけでやっていたのでいろんな感情があって感極まったようです。会場で見たスタッフもその後、自分たちの結婚式の提案に自信を持ってくれたかな?と思っています。
2018年に次男も結婚式を行いました。母として最高に想い出のある結婚式が体験出来ました。そのときに思ったのが・・・「結婚式は最高に素敵な時間」でした。どんなカタチでもいいからやってほしい!と自信を持って思っています。

そしてGWAには全国の志が高いプランナーさん達が集まっていて、私もプレゼンの場では母の様な気持ちで毎年見ています。ここ数年は特にみんなの交流も盛んです!きっと大好きな結婚式を創っている「同士」に近い感覚かもしれません。
自分の仕事の棚卸しをして、次にまた進むためにも、GWAはいい機会だと思いますのでたくさんの方にチャレンジしてほしいなぁと思っています。

GWAの仲間と・・・

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